炉前読経一万円
なじみの仏壇店のご主人は、ご遺体を搬送する仕事をしている友人がいるそうで、その友人にが言うには、最近は葬儀をせずに直接火葬場にいくことが増えたそうです。そして、その8割が火葬場に僧侶を呼ばず見送っていると。
そうなった理由は多々思い当たるのですが、その中に「僧侶を呼べば高額」ということがあると思います。わたしが実際に相談を受けた方は、菩提寺の住職に火葬場での読経を依頼したら、葬儀のお布施と同額を言われたそうです。このような事実が世間には広まっているのではないでしょうか。
もしも僧侶を呼ばずに故人を見送ったことで、「本当はお経を聞かせてあげたかった」「十分な供養ができなかったのではないか」などの気持ちをご遺族が抱くとすれば、本当に気の毒なことです。金銭がないと故人が浮かばれない、ということになりますので。
善称寺では炉前読経を一万円で承っております。(令和7年7月時点)この金額で苦しいという方には申し訳ないことですが、何十万円も請求されると、鼻から決めつけてしまっている方にとっては意外な額ではないでしょうか。
今日は炉前読経のご依頼があり火葬場に伺ってきました。
炉前でお焼香をする際に3分ほどのお話をすることを初めて試みました。
南無阿弥陀仏のお話しです。
3分でも火葬場の職員さんには「できるだけ短く」と注意を受けました。
仏事が初体験の方や、まったく無宗教で生きてきた現代人に対して、3分で僧侶が何を言えるでしょうか。なにも言えません。ただ私が伝えたいのは「大丈夫ですよ」ということです。お葬式ができなかったことと、故人の成仏には何の影響もありませんよと。次の世は阿弥陀さまにおまかせして、どうか安心して「南無阿弥陀仏」と称えましょうと。
結果、伝えたことが良いのか悪いのか分かりません。
ご遺族が供養の念が強いことに対して、僧侶は伝導布教の思いが強いものです。ご遺族の悲しみを置いてきぼりにした話になってはいなかったかと、自問自答しております。
炉前読経の機会は今後も多いと思います。短い時間のなかで何かできるのか、模索しています。
〈ご注意〉
炉前読経は、菩提寺がある方の依頼はお受けできません。
