身寄りのないお骨の埋葬

和歌山市内のお寺に先祖代々のお墓があります。
時々お墓参りに行っていますが、
実は訳あってもう何十年も住職さんやお寺の人に会ったことがありません。

私には子供が三人いますが、
子供たちにはお墓のことで迷惑をかけたくありません。
まだ私の父母が元気なうちは現状のままいくつもりですが、
父母のどちらかが亡くなった時には、
今のお墓に納骨する気になれません。
その時はどのようにすれば良いのか、悩んでいます。

事情があるのでしょう。
しかしどこかの段階で、住職さんに話をする必要があります。
疎遠になっているとはいえ、お墓を守ってくれている訳でもありますし。
気乗りがしないことは、
他の同じような境遇の方の話を聞いていてもよく分かります。
ありのままに現状を伝えることが大切です。

午後からは納骨がありました。
先日、和歌山市内の高齢者施設である方が亡くなりました。
身寄りがない方でしたが、生活保護を受けておられる方でしたので、
和歌山市の方で火葬埋葬まで行ったそうです。
ところが後日、その方の自宅から奥様の物と思われる遺骨が見つかったのです。
和歌山市に相談しても引き受けてもらえませんでした。
どうすることもできず、善称寺に相談された訳です。

今回は、施設の職員さんが申込者となって、
合同墓「ゆずり葉の碑」に納骨をすることになりました。
お名前も、ご命日も分からぬままでしたが、納骨はできます。
申し込みをされた職員さんは、「私が責任を持って埋葬ができて良かった」
とおっしゃっていました。
これも何かのご縁です。大切にお預かりいたします。

次回の「善称寺だより」は大幅にリニューアルされる予定です。
原稿執筆中の図。

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