住職の日記

小さなお葬式

ここ数日は、
善称寺に毎日ご遺体が搬送されております。

安置室から火葬場へ直送の方、
お堂にて一日葬を営む方、
出棺時の読経だけを依頼される方など、
お見送りの内容は様々です。

いずれもご遺族10人程度の
小規模のお見送りです。

ご承知のとおり、
立派な葬儀を出さないと成仏できない訳ではありません。
小規模でも、そこには僧侶が立ち会い、
ともに命の真実を考えていける場であれば良いと思います。

それにしても今日の火葬場には
たくさんの棺が運ばれていました。
私たちは、死後どうなるかという大問題を
もっと真剣に考えるべきなのでしょう。

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宗教や宗派は私たちの「生き方」です

今回の葬儀式の喪主さまはクリスチャンの方でしたが、
事情があって仏式(浄土真宗本願寺派)にて葬儀をされました。

今の時代、自分は仏教徒であるという意思を持って
生きている日本人はどれぐらいいるでしょうか。
大抵は、家が代々〇〇宗だから自分も。
その程度の意識であると思います。

しかし、大半のご家庭が仏教の宗派である日本で、
「私はキリスト教徒です」という生き方には、
ある程度の強い意思を感じずにはおれません。

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死後の世界に宗教や宗派があるわけではないので
宗教や宗派とは私たちの「生き方」です。
多種多様な生き方がある中で、
お互いに尊重しあい、
認め合っていくのが本当の宗教です。

今回の葬儀では私もそのことを意識しながら、
仏教が説く命のお話をさせていただきました。

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息子の隣に銘板を

今日は納骨でした。
先日、火葬場にてお見送りをした方です。
喪主は故人のお母様です。

悲しみは深く、
最初は寂しさのあまり、
お骨の一部を手元に残しておこうかとお考えでした。
しかし、お骨が手元にあることで、
悲しみを引きずるかもしれないと思い直し、
結果的には全てのお骨を納骨されました。
私もそれが良いと思います。

納骨後、お母様も追加でお墓に申し込むことになりました。
銘板(お墓に刻む名前)を息子の隣に設置したいとの思いからです。

息子さんは白い文字で刻まれますが、
お母様のお名前は朱文字で刻まれます。
ご生前の方は朱文字で刻まれるのです。

「これで安心しました。」
お母様はそうおっしゃっていました。
阿弥陀さまにお任せし、安心して生きてと、
先だった息子さまも願ってくれているはずです。

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同じ境遇の人同士

「ちょっとお茶でも飲めたらなぁ。」

合同法要の後などに、
みんなで団らんできるような場所があれば、
というご意見をよくいだだきます。

先日は同じ話しの中でこんな言葉もありました。
「未亡人は孤独なのよ!」
同じ境遇の人にしか分からないこともあると。
たしかに。

気軽に利用してもらおうと待合室をリフォームしたのですが、
みなさま、イマイチ利用する気になれないようです。
何かが悪いのでしょう。

でもそんな場所が欲しいとのことなので、
自販機を置く、椅子の配置を考え直す、BGMを流す、気さくな住職を演じる、
などなど、いくつかのことを考えております。

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墓じまいという言葉

「自分が死んだら妻と一緒に永代供養に」
と言い残して逝った故人。
今日は、先に眠る奥様のお骨をお墓から取り出して、
本堂にご安置させていただきました。

明日はご遺族がご主人のお骨を持ってこられます。
遺言どおり、奥様と一緒に納骨をさせていただく予定です。

墓じまい、という言葉は少し乱暴なような気もします。
実際には「しまい」ではなく、
その後もご遺族が手を合わせる場所があるのですから。
もう少し優しい言葉があれば良いですね。

外観(ツバキ)

お寺の外周に植えられたサザンカです。
最近ポツリポツリと、
白い花が咲き始めましたよ。

お葬式は仏縁を深める報謝の仏事

本日は火曜日で定休日ですが、
葬儀の予定になっています。

喪主さまとは今回が初めてのご縁です。
田舎に菩提寺があるのですが、
和歌山市は「遠すぎて葬儀に行けない」と言われ、
以前から友人に聞いていた善称寺にお声がけ下さったそうです。

今後は先祖代々の墓も含めて永代供養を考えているそう。
一緒に考えていければと思います。

葬儀は遺族知人が集まって
故人を追憶しながら人生無常のことわりを僧侶から聞き、
仏縁を深める報謝の仏事です。
私たち僧侶はその責任を負っているということを
忘れてはならないでしょう。

 

永代供養ということ

善称寺のゆずり葉の碑では、
「ご命日」「お盆」「お彼岸」「年忌法要」がお勤めされ、
故人への追慕の念を忘れることはありません。

一般的に永代供養とは、
亡くなった方に対して
末長く「冥福を祈る」法要と
位置づけられています。

しかし、実はこのような考え方は
私たちの宗派にはございません。

私たちの宗派では、
阿弥陀如来のはたらきによって
故人は皆、お浄土で仏さまになられたと頂きます。
そのために本堂の阿弥陀如来の前でお勤めし、
経典を読誦して、仏徳を賛嘆します。

供養とは仏さまに対する、
念仏による礼拝供養のことをいうのです。

ご法事を通じて
このようなご縁にあわせていただけでば
本当にありがたいことです。

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法事は早くした方がいいの?

 

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満中陰法要や年忌法要の日時を相談している時に、
「法事は命日までに勤めた方がいいんですよね?」
という質問をよくいただきます。

しかし故人を偲ぶのに一番適した日は、ご命日当日です。
だってそうでしょう?
できればこの日に法事ができれば良いのですが、
お仕事の都合やお寺の都合上そう上手くいかないのが実情です。
であれば、ご命日の前後でみんなの都合がつく日を選んで決めると良いでしょう。
ご命日の後になってもかまいません。

なぜか「ご命日の前に法事を済ませないといけない」
といった風習があるようですが、
そんなことはありません。
ご命日にお勤めをできなかった時点で、
後でも先でも同じことです。

大切なのは、
いま命をいただいているこの私が、
阿弥陀さまに会わせていただくこと。
それこそ故人のお導きですね。

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今年最初の椿が咲きました。
もうそんな季節です。

平成30年10月合同年忌法要

善称寺では、毎月合同の年忌法要が営まれております。
先日は10月に年忌にあたっている方の法要でした。
一周忌の方が二名、三回忌の方が九名、七回忌の方が一名あり、
一緒にお勤めをするご縁をいただいています。
ご遺族には約一ヶ月前にお知らせしてあります。

全員が参加されるわけではなく、
参加したい人だけが来られます。
今回は15人程度のご参加でした。

ご存知でしょうか。
実は私たちの法事は、故人の冥福を祈る行事ではなく、
故人のためにお念仏する訳でもありません。
浄土真宗の門徒としてお勤めをする意味を
今回のご縁にお話しさせていただきました。

また次回のご法事も、
郵送でお知らせいたします。

 

 

 

雨がふりそな。

和歌浦に住むKさん宅へお参りでした。
Kさんは85歳で一人暮らし。
ご主人が亡くなった時からのご縁です。

「この辺はスーパーまで遠いやろ。
茶菓子もなんも無しで悪いけどこらえてや」。

Kさん宅の周辺には買い物できるところが
コンビニしかないのですね。
スーパーは電話をすると配達してくれるそうですが。

近所のお家もお年寄りが多く、
昔はよくあった道端での立ち話もめっきり少なくなったそうです。
同じような地域は多いと思います。

「ま、これ飲んでってや」
そう言って差し出されたのはリポビタンD。
Kさんは毎朝飲んでるそうです。
「これ飲んだら目さめるわ。やっぱこれやわ」。

今日は午後から雨が降るとの予報で。
「雨が降らないうちにおいとましますね。」
私はそう言ってバイクにまたがったのでした。

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