住職の日記

その1 石材店をまわる

善称寺に永代供養墓を建立するということは、
実はもう10年以上も前に、前坊守である母が言い出したことでした。
地域の集まりや、子供会に積極的に顔をだしていた母は、
世の中の動きにも敏感で、お寺やお墓をとりまく世間の
状況をいち早く察知していたのでしょう。

当時はまだ耳慣れなかった「散骨」や「樹木葬」と言った言葉も、
最初は母から聞いたように思います。
これからは先祖代々のお墓を守り継いでゆくことが
難しい時代になる、そう言っていました。

それから現在に至るまで、なかなか実行に移すことができずにいた理由のひとつに、
永代供養墓といっても、具体的にどのような形にすればよいのか分からない、
ということがあります。
地元の石材店で聞いてみても、
「どんなお墓でも作りますよ。どんなお墓にしますか?」と
逆に聞き返されてしまいます。
そこが分からないから悩んでいるのですが。

たくさんの石材店を回りました。
和歌山だけではなく、大阪にも足をのばして、お話しを聞きました。
中には永代供養墓にはあまり積極的でない石材店もありました。
「永代供養ではなく、一般のお墓を建ててくださいよ。」
そう言うのです。
このまま一般のお墓が減り続けると、石材店は困りますからね。
お気持ちはよく分かります。

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そんなある日、母が、
「神戸に良さそうな石屋さんがあるよ。」
と新聞広告を持ってきました。
さっそくその石材店のホームページを見てみると、
今までになく墓石のデザインに自信を持っている印象を受け、
さっそく相談に行ってみることにしたのです。

 

 

その2 株式会社第一石材さん

神戸の第一石材さんまでは電車で2時間程度。
南海線に揺られながら、
これから行く石材店の墓石パンフレットを眺めていました。

今までの常識からすれば、
お寺が墓石のことを相談する場合、
地元の石材店(しかも長年お付き合いのある)に相談するものでした。
たいていのお寺には懇意にしている石材店があり、
境内の墓地にお墓を建てる場合は、
お願いする石材店が決まっている場合が多々あります。
(ですから施主さんはお墓を建てるとき、石材店を選ぶことができない場合もあるのです。)

神戸の石材店まで足をのばすことはもちろん初体験で、
少しの緊張がありました。
手の中にあるパンフレットも、ページを開くと
今まで見たことがないようなスタイリッシュなデザイン墓石が並び、
「墓石大賞受賞・5度の実績」などの聞き慣れない言葉がおどっている
のですから。

最寄り駅で降り、はじめての街をあるき、
目指す株式会社第一石材のガラスのドアを恐る恐る開きました。
「こんにちは〜。お電話した和歌山の善称寺です。」

緊張する私を和やかに迎えてくださったのが、
社長の能島孝志氏です。
がっしりとした大柄の中にある優しそうな笑顔に迎えられ、
少しホッとした小心者の私です。
能島さんのスタンスは、とにかく話を聞くという印象でした。
私は、その日のうちにお寺のことや、考えている永代供養墓のこと、
予算のことなどを夢中で話してしまいました。

あれこれ余計なことも話したかもしれませんが、
一通り私の話しを聞き終わったあと、
「では現地を見せて頂いて、提案をさせてください。」
と言ったのです。

「テイアンをしてくれるのか!」
たくさんの石材店を回りましたが、
現地を見て独自の提案をすると言われたのは、ここだけでしたからね。
神戸まで行った甲斐があるというものです。

その場所は実はショールームになっていて、
たくさんのお墓の見本が並んでいるということに気がついたのは、
帰ろうと席を立ったときだったのでした。

http://www.daiichisekizai.com

↑株式会社第一石材のホームページです。
社長の能島さんのお顔が、これでもか!というほど登場しています。

 

その3 現地視察

永代供養墓の建立予定地は、
お寺の門を入って右前方と決めていました。
一辺が4メートルの、日当りがよく明るくて、
おまけに風通しも良いきれいな正方形の土地が
空いていたからです。

神戸から第一石材さんが現地視察に来てくださる日、
その日は母も同席でした。
母は、まだまだ身構えた状態で、
口には出しませんが、「品定めしちゃる。」と意気込んで
いるのが見え見えでした。

「こんにちは!第一石材の能島です。」
能島さんと、社員の新(しん)さんが二人で
来てくださいました。
能島さんの名刺には「1級お墓ディレクター」という
文字が書かれています。

※1級お墓ディレクターとは・・・
日本石材産業協会の認める資格で、お墓の正しい知識・教養を備え、
正しい情報提供とお墓選びの支援が目的。
合格率25%、全国で500余名が合格、資格を有している。

さっそく現地視察です。
「ほうほう、ここが予定地ですか。いいですね。」
新さんがメジャーを持ってあちこちを計測し、
能島さんがメモを取っています。
この時は、アイデアだけではなく、工事車両の
置き場所や墓石の搬入経路なども見ているようでした。

その一部始終をにらみつけるように見やる母。
大きな声で話す能島さんと、黙々と計る新さん。
後で聞いたことですが、この時の能島さんと新さんの
関係性がとても好印象だったそうです。
職場の様子が、上司と部下との間に流れる空気に
表れるということはありますよね。

その後、皆でお茶を飲んでいる間は
ほとんど母が一人で話していました。
全国のお墓の問題や、他府県における永代供養墓の現状など、
たくさん質問していましたが、能島さんはその全てに即答でした。
さすが1級お墓ディレクターです。

印象深かったのは、ふつう石材店は墓石を建てればそれで終わりです。
ですが第一石材さんの場合、建てたときからがはじまりで、これから
の地域におけるお寺の重要性や持続性などを含めた観点からお話し
をしてくださったことです。
母も安心したようで、
その後は打ち合わせに顔を出すことはありませんでした。

次に来るときは、アイデアを図面にして見せてくださるとの
お約束をし、お二人は帰られました。

DSC_0146

中央の木が茂っている所が「予定地」だった場所です。

 

その4 名前を考える

墓石のことと同時に悩んでいたのは、
永代供養墓の名前をどうするかということです。

全国には「久遠」「無量寿」など、
良い名前の永代供養墓がたくさんあります。
善称寺の永代供養墓にも、
覚えやすくて、親しみやすい名前が欲しいと
思っていました。

名前を考えるときにまず、
自分にとってお墓とはどういうものなのかを考え、
自分もそこに入りたいと思えるようなお墓にしたい
という想いがありました。

自分のお墓を考えるという経験は、
命の意味や、残りの人生をどう生きるかということを
考えることになるのだと、その時に実感した次第であります。

今でもモヤモヤとして、はっきりしていないことなのですが、
なんと言いますか、命というものは、自分だけの
ものではないのではないかということです。
もちろん、ご先祖さまから脈々と受け継がれてきた
この命ということもありますが、それだけではなく、
世界中の人類すべての命をもって一つの命と思えるというか、
自分は人類という一つの大きな命の一部分であるというか、
親鸞聖人の和讃などを読んでいると、そのように感じる
ときがあるのです。

このことは、あるときテレビでシロアリの生態を見ていて、
シロアリたちが、女王アリを守るために自分の命を投げ出して
外敵と戦う姿を見たときにも思ったことです。
あのシロアリたちは個々の命であり、同時に集団全体がひとつ
の命であるように思えたのです。
それは、たとえ自分は死んでも、女王アリが生き延びれば、
命をつないでゆけるという本能ではないでしょうか。

そしてもう一つ、
自然界で、一つの命がなくなるということだけならば、
お墓は必要ないのだと思います。
文字通り、自然へと還ってゆくことが自然であると思います。
私たちがお墓を建てるということは、やはり残された人のことを思う
気持ちなのだと思いました。

人間以外の動物はお弔いなどしませんよね。
しかし、ちゃんと誠実です。
ですが私たちはそうはいきません。
お弔いという時間がなければ、すぐに誠実さを
見失ってしまうでしょう。

私も考え不足で、
このようなことは今後も考えてゆかねばなりません。

 

とりとめもなく、そんなことを考えていたときに出会ったのが、
河井酔茗氏の「ゆづり葉」という詩でした。

 

その5 命名「ゆずり葉の碑」

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「教科書でおぼえた名詩」は、
文藝春秋から出版されている文庫本です。

納められている詩のいくつかは、
私でも記憶に残っていました。
宮沢賢治、中原中也、谷川俊太郎、コクトオ、ランボウなどなど、
この年になってあらためて読むと、心にしみわたる詩がありますね。
また、いま読んでも、あいかわらず難しいと感じる詩は、
いつの日かまた読み返してみたいものです。

この本で出会ったのが、
河井酔茗の「ゆづり葉」という詩でした。

 

ゆづり葉  河井酔茗(1874年〜1965年)

子供たちよ これは譲り葉の木です。
この譲り葉は新しい葉が出来ると
入り代わってふるい葉が落ちてしまふのです。

こんなに厚い葉 こんなに大きい葉でも
新しい葉が出来ると 無造作に落ちる
新しい葉に命を譲って。

子供たちよ。
お前たちは何を欲しがらないでも
すべてのものがお前たちに譲られるのです。
太陽のまわるかぎり 譲られるものは絶えません。

輝ける大都会も そっくりお前たちが譲り受けるのです。
読みきれないほどの書物も みんなお前たちの手に受取るのです。
幸福なる子供たちよ
お前たちの手はまだ小さいけれど。

世のお父さんお母さんたちは 何一つ持ってゆかない。
みんなお前たちに譲ってゆくために
いのちあるもの、よいもの、美しいものを
一生懸命に造っています。

今お前たちは気がつかないけれど
ひとりでにいのちは延びる
鳥のようにうたい、花のように笑っている間に気がついてきます。

そしたら子供たちよ
もう一度譲り葉の木の下に立って
譲り葉を見る時が来るでしょう。

 

この詩からは、ただただ、子供たちに対する
愛に満ちたまなざしが感じられます。

そして私たちは、
いのちあるもの、よいもの、美しいものを
一生懸命に造っています。

お墓とは、
ここに登場する譲り葉のような存在ではなかろうか。
そう思ってしまったのです。

このとき、自然な気持ちで
「ゆずり葉の碑」と命名しました。

 

※ホームページやパンフレット等への詩の使用に関しては、
日本文芸家協会に著作権利用料を納め許可を得ております。

 

その6 最初の提案

第一石材さんの視察から約一ヶ月。
永代供養墓のアイデアを見せて頂く日がやってきました。

どんなお墓を提案してくれるのか、
内心ドキドキしていたのですが、
その内容は私の想像にはまったくなかったものでした。

まず合葬ではなくて、個別に場所を確保してある点です。

全国でお墓の仕事をしていらっしゃる能島さんですので、
永代供養墓の実状にも大変詳しいです。
「今までは合葬墓形式のものが基本でしたが、
最近は、生前にお墓を契約しておく人が増えているんです。
その中で、他の人と一緒のお墓に入ることに抵抗を感じる方も
いらっしゃるんです。」
そのように説明してくださいました。

実を言うと、最初にそのお話しを聞いたとき、
何か心にひっかかるものがありました。
この身が終わりを迎え、自然に還るというときに、
他の人と一緒に埋葬されることは、何も問題にならない、
それが仏教的な考え方ではないだろうか。

僧侶として、今でもその考えは変わっておりません。
しかし、お墓の相談に来られる全ての方に、
根気強くそのような説明をしてゆく自信が私には

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ありませんでした。
そうであるならば、最初から仏教を押し付けるのではなく、
悩みに寄り添うことからはじめようと、考え直したのです。
仏教的なことがらは、ご縁を頂くなかで、少しづつお伝えしてゆければ
よいのではないかと。
このことは、いま考えても僧侶としてはつくづく弱腰な決断でありました。

さて、これが提案して頂いた図面です。

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最終的なものと全然違いますねぇ。
でも、これが最初の提案だったんです。

まず仏像の下が合葬暮になっていて、
合葬暮の側面には、亡くなられた方のお名前を刻む場所があります。
従来の合葬形式でも良いという方は、こちらを選んでいただきます。

そして右の四角い窓がずらりと並んでいる所が、
合葬ではない、個別の納骨スペースです。
納骨堂タイプのお墓といいましょうか、ひとつひとつの区画に
墓石のプレートを持つことができるようになっているのです。

最終的には、仏像を挟み込むようにして、手前にも納骨堂タイプの
お墓を造るというのが、第一石材さんの提案でした。

4メートル×4メートルという限られたスペースで、
できるだけ多くの個別納骨スペースを作りたい。
それが最初の図面コンセプトだったように思います。
その点では、誠に申し分のない提案だったのであります。

実際私も、これは素晴らしい!
これで進めてもらおうと、思っていたのですから。

 

その7 マンションは嫌

第一石材さんのアイデアはいったんお預かりし、
ほかの人の意見も聞いて見ることにしました。

私が良いと思っても、他の人はどう思うのか分かりません。
親戚を含め、近しい人に図案を見せて感想を聞いてみたいと
思ったのです。

その時の坊守の感想もそうでしたが、
「よく分からない。」
という感想が多かったです。
良いのか悪いのかが判断できないということです。
お墓のことは、なかなか自分のこととして
実感できないということでしょうか。

もう一つ、「マンションみたいで嫌やわぁ。」
という意見がありました。
なるほど、と思いましたが、
都市では、ロッカー型の納骨室が人気だと聞いたことがあります。

私はこの意見はとても和歌山の人らしい思います。
保守的な県民性であるということを、もう少し考慮しなければ
ならないということですね。
あまり斬新すぎてもよくないのでしょう。
近年、都市を中心に樹木葬や海洋散骨を選ぶ人が増えているとはいえ、
和歌山では、まだまだ受け入れられているとは思えません。

こういったことを踏まえた上で、
もう一度第一石材さんにはアイデアをだしていただくことと
なりました。

 

 

その8 設計へのこだわり

第一石材の能島さんは、再提案の申し出にも快く応じてくださって、
さっそく新しい図面作りに取りかかってくださいました。

能島さんは、お墓の設計図を自身で作ります。
お墓と言っても普通のお墓ではありません。
どこにもないオリジナルのお墓を考えだし、
納骨スペースや通気口、雨水の排水ルートまでも
ミリ単位で設計してゆくのです。

実物の十分の一の図面ですから、かなり大きな紙です。
その中にびっしりと書き込まれた寸法を見るだけでも
気が遠くなりそうでした。

加えて、地震対策にも力を入れて設計されています。
土台作りを、これでもか!っというほど丁寧に行い、
国土交通省所管の独立行政法人であるUR都市再生機構で行った振動実験で、
震度7の耐震テストに合格している部材を使うのです。
神戸で阪神淡路大震災を経験し、地震で倒れないお墓を作ろうと創意工夫

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の繰り返しだったそうです。

でも、能島さんの設計は、建築作業をする方には嫌がられるそうです。
それもそのはず、細部にまで手の込んだお墓ばかりなのですから。
彼いはく、お墓に限って言えば、設計は実際に現場で作業をする人が
関わらない方が良いそうです。
現場の人が設計すれば、どうしても施工しやすい設計にしてしまうのだそうです。
施工業者の都合でお客さんの希望どうりのお墓が作れなくなるのだと。
まだまだ、そういったことがまかり通るのが、墓石業界なのですね。
能島さんは、今までのそういった風潮をうちやぶり、
お客さん目線第一で考えた設計を貫いているのだそうです。

 

さてさて、そんな能島さんの考えた、第2の図面が仕上がってきましたよ〜。

 

 

 

その9 再提案

再提案

これが、図面をもとに作った完成図です。
残念ながら図面はお見せすることができません。
能島さんが言うには、墓石内部の構造など、
あまり詳しく掲載してしまうと、
他の石材店がすぐに真似をしてしまうのだそうです。

後日談ですが、和歌山ではここ善称寺以外に
永代供養墓のお仕事をするつもりはないそうです。
ですからもし今後、和歌山に似たような永代供養墓ができたとすれば、
それは第一石材の仕事ではなく、
他の石材店が真似をしたということになります。
実際、石材店関係の人らしい方が
こっそりと写真を撮りに来られました。
できれば真似しないで頂きたいのですが、
能島さんいはく、墓石業界は「節操のない業界」なのだそうです。

さて、図案にもどりましょう。
今度はマンションではありません。
オーソドックスなお墓のミニチュア版とでもいいましょうか、
小さな墓石を一つ一つ建立してゆく方式のお墓になりました。

最大の特徴は、「個人用」「夫婦用」「先祖代々用」「合葬墓」と言う風に、
納骨の方法が選べるようになっている点です。
能島さんの経験から、これから必要とされるであろう
お墓の代表格を盛り込んだ形です。

私が注目したのは、一つ一つのお墓の形です。
シンプルにデザインしているものの、
従来からの一般的なお墓の形をしている点が、
とても好ましいと思ったのです。
やはり私も保守的な和歌山県民ということでしょう。
マンションタイプよりも、ずっと落ち着きます。
意見を取り入れてくださった能島さんには感謝ですね。

よし!永代供養墓はこれでお願いしよう!
ここでついに、善称寺の永代供養墓の形状が決まったのでした。

その10 予算オーバー

よし!これでお願いしよう!
と思い立った矢先、重大な問題が発生しました。

この再提案の見積もりは、
予定していた予算を大幅にオーバーしているのです。
う〜ん、正直困りました。

建立費は、檀家さまにご寄付を募ったわけではありません。
永代供養墓は、宗旨・宗派を問わず檀家さま以外の方も受け入れる
予定でしたので、一切ご寄付を募りませんでした。
(ありがたいことに、それでもご寄付くださった檀家さまもありました。)
そういう訳ですので、限られた予算の中でやりくりせねばならなかったのです。

第一石材さんには、当初から予算を伝えていましたので、
予算オーバーであることは重々承知でした。
そこで、永代供養墓を三つの区画に分けて提案してくださったのです。

三つとは、中央の合葬墓と、その左右の個別供養墓それぞれのことです。

合葬墓個別供養墓 個別供養墓

このように、それぞれの区画ごとに見積もりを出して頂いたのです。
これを検討した結果、中央の合葬墓と右側の個人供養墓一つを
まず建立することになったのです。
情けない話ですが、全体を完成させるだけのお金がなかったということ
なのです。

この決断に能島さんは、むしろ賛成してくださいました。
まずはじっくりと様子を見て、需要が見込めそうなら
その時にまた声をかけてくださいと。
私も無理をして借金をするよりも、
よほど良いと思ったのです。

こういったわけで、再び永代供養墓計画は動き出したのでした。

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