住職の日記

いのち訪ねるお盆法要

猛暑に見舞われたお盆が過ぎ、
久しぶりに雨が降ったせいか、お寺は少しホッとした空気です。
今年の合同お盆法要は14日15日で、合計でなんと300人以上が参加されました。
昨年は本堂が満員になると大変暑かったのですが、
今年はエアコン2台態勢で望んだおかげでよく冷えたものでした。

お勤めは重誓偈(じゅうせいげ)です。
読経のあと本願寺新報より「悲しみは生き抜く力」
という記事をご紹介させていただきました。

記事を書かれたのは、あそかビハーラ病院という、
特に終末期のがん患者さんが入院する病院で常駐僧侶として
勤務している花岡尚樹さんという方です。
こちらの病院では年間およそ150人の看取りがあり、
ご遺族のグリーフケア(深い悲しみ、悲嘆に寄り添う)
の一環として病院内で初盆法要をおつとめするそうです。

様々なご遺族が、それぞれの悲嘆を抱えてお参りする中で、
お母さまを亡くされたあるご遺族が、
親戚に配られた文章が紹介されていました。
そこには「法事の意義」と題して、故人の思い出に続いて
次の文章が書かれてありました。

「法事は感謝のための法要である。
我々の命は一人で生きてきた<いのち>ではなく、
多くの縦にも横にもつらなる深い<いのち>の中にいることを肝に命じ、先祖に感謝したい。
また、かけがえのない人を亡くされた時、
わかっていても、どうしようもない悲しみに涙せずにおられない。
亡くなった人を偲ぶことを『弔う』というが、
『とぶらう』とは『訪う』という意味で、訪ねていくことである。
どこに訪ねるか?
亡き人のこころに、そして仏さまのこころに」。

今年は初盆の方が多くありました。
私個人としても親戚に不幸があり、寂しい思いをした年でした。
あまりに大きな死別の悲しみに直面したとき、
人は生きる意欲を失ってしまうことがあります。
親鸞聖人も「愛するものと別れなければならない苦は、一番切実です」
とお言葉を残されています。
死別は誰しもが必ず経験するものですが、
そのような悲しみの中で、
生き抜く力を取り戻すためのヒントがここにあるように思いました。

縦にも横にもつらなる深い命。
浄土真宗では阿弥陀さまが極楽浄土を作って
私たちを迎えてくださっていると説かれます。
この極楽浄土のことをよく<いのちのふるさと>と表現されます。
すべての命とつながり、
「悲しい者は悲しいまんま、寂しい者は寂しいまんま、
そのままおいで、必ず救う。だから安心して生きてください」
という阿弥陀さまのおこころを聞き、
悲しみを生き抜く力、ではなく、悲しみは生き抜く力、となる私に育てられていく。
そんな仏縁を育んでいけたら、本当にありがたいことだと思います。

H30.8

いつもお花がいっぱい永代供養付きの小さなお墓 ゆずり葉の碑
ページの先頭へ

ホームへ戻る