住職の日記

坊主バーで思ったこと

先日、「坊主バー」というイベントがありました。
このイベントは、日頃あまり縁のないお坊さんという人種と、
お酒でも飲みながら、ざっくばらんにぶっちゃけトークをしませんか、
という趣旨で開催されており、今回で2回目になるそうです。

今回は「お盆にまつわるアレコレ」をテーマに、
お酒でも飲みながらぶっちゃけトークがなされました。
参加した坊主は私を含めて11人。
一般の参加者は30人程度だったかと思います。

様々な宗派の坊主が集まったわけですが、
浄土真宗とその他の宗派との考え方の違いがよく分かり、
私としても大変勉強になりました。
ぶっちゃけて言いますと、
浄土真宗だけが他宗と違う(まったく逆の)考え方をしているのですね。
そのことが「お盆」の迎え方にもよく表れていたのです。

2018-06-23 16.42.00

他宗ではお盆というと、
「ご先祖や亡き人の霊が帰ってくる期間」
と考えられています。
日本ではこの考え方が主流であり、
いまこのお便りを読んでいるあなたもそう思っているのでは?

しかし浄土真宗では、
人は死ぬと霊になるのではなく、仏になると説かれます。
私たちのお教本の「教義」という項目には以下のような事が記されています。

お念仏を称える日々をおくり、この世の命が尽きたとき、
浄土へ生まれて仏となり、再び迷いの世に帰って人々を教え導く。

私たちは、この世の命が尽きたとき、
お浄土に仏としての新しい命を恵まれます。
このことを「悟り」といい、すべての苦悩から解放されると言われます。
しかしお浄土でのんびりとしているわけではなく、
すぐさま私たちの現世に帰って来るのです。
安らかに眠っているわけではありません。
なぜでしょうか?
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私たちは老化、病気、死を避けることはできません。
愛する人とは必ず別れる時が来ますし、
顔も見たくないくらい嫌いな人とは必ず出会います。
仏教ではこの世のハッピーはすべて一時的なものであると説かれるのです。
うやむやにせず、真剣に私の人生を思ってみたとき、まさに苦悩の連続であると。
自分には苦悩がないと思っている人は、
世の中で起きている様々な出来事が
自分には関係がないと思っているのです。

一足さきにすべての苦悩から解放されて幸せになった故人は、
いまだ現世で悩み苦しむ私たちを見ていて心配でなりません。
それでいてもたってもいられず帰ってくるのです。

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この世に帰って私たちを教えに導いてくださる亡き方々。
教えとは、浄土真宗では「阿弥陀仏にまかせよ」と説かれます。
苦悩の私は迷っている、あぶなっかしい、一番心配されるべき、という生き方です。
「大丈夫」と思っていた私が
「条件がそろえばいつでも罪を犯す私である」と気づかされる生き方です。
世の中のすべてのことが他人事ではなくなる生き方です。

そのような私を見て「必ず救う」とおっしゃるのが阿弥陀さまです。
阿弥陀さまは生き方をおっしゃいません。
信じますか?などの条件もつけません。
迷っている、あぶなっかしい私に「そのまま来いよ、必ず救う」とおっしゃいます。(本願)

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しかし私たちは、そんな阿弥陀さまの「必ず救う」という呼び声を聞いたことがあるでしょうか?

お墓の前で「なむあみだぶつ」と声に出してみてください。
略して「なまんだーぶ」でも「なんまんだぶ」でもかまいません。
漢字で書くと「南無阿弥陀仏」です。
南無は、「おまかせしました」の意味。
その下に「阿弥陀仏」という仏様のお名前をつけて南無阿弥陀仏。
これはお念仏です。
私の口から出たお念仏は「阿弥陀さまにおまかせします」となります。
するとどうでしょう。私の耳に「なむあみだぶつ」と聞こえてくるではありませんか。
これが阿弥陀さまの呼び声「必ず救う」です。

阿弥陀さまはいつでもどこでも私の口からお出ましになります。
普段は不平不満や愚痴、悪口ばかり言ってる私の口から、仏さまが出てくださる。
しかも私の心のまんまに。
悲しいときは「悲しいね」
つらいときは「つらいね」
「そのまま来いよ、かならず救う」

H30.5.11

先だった方々のはたらきかけには感謝しかありません。
「大変な人生、阿弥陀さまに出会ってね」
そう願い、いつでも見守ってくださっているのです。
手を合わせる私の胸にいつでも帰ってきてくださる方です。
「お盆が過ぎれば来年まで会えない」では寂しすぎるではありませんか。

そして迷いに迷う、あぶなっかしい私が
仏となられた方を供養できるはずもありません。
反対に供養されなければならない私です。
お盆という機縁に、この私が阿弥陀さまに会わせていただきましょう。

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冒頭で紹介した坊主バーの会場では、
精霊棚はなぜ設けるの?
お供え物に乾物はいけないの?
など、主に他宗派の習わしに対する質問が多くありました。

「人間にはご先祖の供養はできない」
などと言ってもなかなか理解してもらえないのが浄土真宗の難しいところです。
私たち浄土真宗の僧侶は、他宗をよく理解し受け入れ、
その上で優しく浄土真宗の教えを伝えていく必要があるのでしょう。

6.17

いつもお花がいっぱい永代供養付きの小さなお墓 ゆずり葉の碑
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